多汗症
【多汗症】
多汗症とは
汗には体温調節機能をはじめ、皮膚表面に適度な湿度を供給する機能、細菌、ウイルスから体を守る作用など多くの機能があります。多汗症は、発汗時に必要以上の汗がでることで、日常生活に様々な支障をきたす疾患です。精神的緊張状態に陥ると、交感神経が活発になり、交感神経末端から、発汗の指令を伝える神経伝達物質、アセチルコリンが放出されます。アセチルコリンはエクリン汗腺の受容体に結合することで発汗を促します。
多汗症には全身の発汗量が増加する全身性多汗症と、体の一部で発汗量が増える局所多汗症とに大別されます。全身性多汗症には、特に原因不明な原発性全身性多汗症と、感染症、内分泌代謝異常や神経疾患などに合併するものとがあります。局所多汗症も原発性局所多汗症と、外傷や腫瘍などの神経障害による局所性多汗症とに分けられます。原発性局所多汗症は発汗部位により、掌蹠多汗症(手掌多汗症・足底多汗症)、腋窩多汗症、頭部・顔面多汗症に分類されます。
多汗症患者では健常人に比べ、不安障害やうつ傾向がみられる頻度が高いことが指摘されており、実際、多汗症に対する積極的な治療で精神症状が改善される場合もあります。また、家族内発生例が報告されており、遺伝的要因も示唆されています。
原発性局所多汗症の重症度判定
原発性局所多汗症の重症度判定には、自覚症状により以下の4段階に分類した、多汗症疾患重症度評価尺度(Hyperhidrosis disease severity scale;HDSS)が用いられます。
1. 発汗は全く気にならず、日常生活に全く支障がない。
2. 発汗は我慢できるが、日常生活に時々支障がある。
3. 発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある。
4. 発汗は我慢できず、いつも邪魔になる。
のうち3、4を重症の指標としています。
原発性局所多汗症の部位別臨床症状
1)掌蹠多汗症(手掌多汗症・足底多汗症)
手掌・足底に、精神的緊張や物を持つ際、多量の発汗がみられます。発症年齢は早く、多くは就学前後から自覚します。日中の覚醒時に発汗が多く、睡眠中は発汗がおさまります。夏季では発汗量が多くみられる傾向にあります。手掌多汗症では、ダンスなどの社交活動、筆記試験やペーパーワークなどで多大な支障をきたします。
2)腋窩多汗症
腋窩に、精神的緊張や温熱により左右対称性に多量の発汗がみられ、掌蹠多汗症を合併することもあります。多くは思春期から自覚します。衣服に汗が滲み出ることが社会生活に支障をきたします。
3)頭部・顔面多汗症
顔面、頭、耳などから多量の発汗が認められます。多くは成人を迎える前後から自覚します。男性に多いとされていますが、中年ないし初老期の婦人にもしばしばみられます。熱い食べ物や飲み物の摂取、物理的あるいは精神的ストレスなどにより誘発されます。
原発性局所多汗症の診断基準
原発性局所多汗症の診断基準として、局所的に過剰な発汗が明らかな原因がないまま6カ月以上認められ、以下の6症状のうち2項目以上当てはまる場合が該当されます。
1. 最初に症状が出るのが25歳以下であること
2. 対称性に発汗がみられること
3. 睡眠中は発汗が止まっていること
4. 1週間に1回以上多汗のエピソードがあること
5. 家族歴がみられること
6. それらによって日常生活に支障をきたすこと
原発性局所多汗症の治療
患者にとって侵襲が少なく、治療費用負担が少ないものから段階的に勧められることが推奨されています。原発性局所多汗症に対する治療薬として、当院では2020年4月の開院当初より、アルミ水(塩化アルミニウム製剤)、プロ・バンサイン(内服抗コリン薬)、D-bar・D-tube・D-powder(乾燥硫酸アルミニウムカリウム含有デオドラント)を主体とした治療を行ってきました。また、精神的要因が強い方には、柴胡加竜骨牡蛎湯、十全大補湯+小建中湯、中年女性で頚部から上の発汗が顕著な方には加味逍遙散などの漢方療法を処方してきました。
2020年11月、日本初の原発性腋窩多汗症治療剤「エクロックゲル」が発売されました。2023年6月、薬液が手につかず、ふたを左右に回すだけで片わき1回分の薬液がでてくるツイストボトルが発売となりました。2022年5月、1日1回使い切りのシート型ワイプ製剤「ラピフォートワイプ」が発売開始となりました。2023年6月、日本初の原発性手掌多汗症治療剤「アポハイドローション」が登場しました。2023年8月現在、エクロックゲル、ラピフォートワイプ、アポハイドローションが、原発性腋窩多汗症、原発性手掌多汗症に対する治療法の主軸となっています。その他、水道水イオントフォレーシス、A型ボツリヌス毒素製剤の局注療法、交感神経ブロック、交感神経遮断術、医療機器による施術(マイクロ波など)といった治療法がありますが、当院では扱っていません。
アルミ水(保険適応外)
塩化アルミニウムを水に溶かした製剤です。外用により汗の出る管をふさぎ、発汗が減少します。原発性腋窩多汗症や原発性掌蹠多汗症に効果的といわれています。単純外用を基本としていますが、重症例には密封療法を指導することがあります。約半数の患者さんに接触皮膚炎(かぶれ)やそう痒が出現するので注意が必要です。
プロ・バンサイン(保険適応)
有効成分であるプロパンテリン臭化物が、汗腺のアセチルコリンの働きをブロックすることで汗を抑える内服抗コリン薬で、全身の発汗を抑えます。添付文書には通常、成人には1回1錠を1日3〜4回経口投与すると記載されていますが、口の渇き、排尿障害、便秘、目の調節障害、眠気などの副作用があらわれることがあり、当院では1日2錠程度から内服開始しています。比較的副作用が少なくあらゆる原発性局所多汗症に使用可能ですが、効果にばらつきがあります。
以下の患者さんには投与禁忌とされています。
2023年5月から11月にかけてのラピフォートワイプとアポハイドローションとの統計学的考察
- 1. 閉塞隅角緑内障の患者(抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状を悪化させることがある)。
- 2. 前立腺肥大による排尿障害のある患者(症状を悪化させるおそれがある)。
- 3. 重篤な心疾患のある患者(心悸亢進を起こすおそれがある)。
- 4. 麻痺性イレウスのある患者(閉塞状態を悪化させるおそれがある)。
D-bar・D-tube・D-powder(保険適応外)
D-barはスティックタイプ、D-tubeはクリームタイプ、D-powderはパウダータイプのデオドラントです。いずれも有効成分として、乾燥硫酸アルミニウムカリウム(焼ミョウバン)と、イソプロピルメチルフェノールが含まれています。乾燥硫酸アルミニウムカリウムは、ミョウバンの収れん作用による毛穴の引き締め、制汗などの作用が、イソプロピルメチルフェノールには、臭いの原因菌を殺菌する効果がみられます。腋窩、手掌など気になる部位に朝に1回外用します。D-bar・D-tubeは持ち運びに便利ですが、D-powderに比べ若干効果が劣ります。アルミ水より接触皮膚炎やかゆみなどの出現頻度は少ないものの、効果にばらつきがあります。
エクロックゲル(保険適応)
日本で初めて健康保険の適用が認められた、原発性腋窩多汗症に対する外用薬で、2020年11月発売開始となりました。有効成分であるソフピロニウム臭化物は、汗腺のアセチルコリンの働きを局所でブロックすることで汗を抑える働きがあります。対象年齢は12歳以上です。
使用方法
使用方法は、エクロックゲルをアプリケーターの上面にプッシュし、わき全体に塗布します。もう一方のわきにも同様の方法で薬液を塗ります。使用量は、片わきに対しワンプッシュが目安です。薬液が付着した手で目に触れると眼圧が上昇する危険性があるので、手に触れないよう注意が必要です。手に薬液がついた場合は、顔や目に触れず、水で洗い流して下さい。わきに塗った薬液が乾くまでは、寝具や衣服が触れないようにします。塗布する時間は決められていませんが、毎日同じ時間帯に外用することが推奨されています。
2023年6月、薬液が手に触れず、わきに直接塗布できるツイストボトルが販売開始となりました。ボトルの頭部を時計回りに止まるまでゆっくり回し、続いて反時計回りに止まるまでゆっくり回します。すると、1回分の薬液が出るので、直接わき全体に塗布します。もう一方のわきにも同様の方法で薬液を塗ります。
いずれのタイプも有効性が高く、時に適用部位における皮膚炎、紅斑、そう痒や口の渇きなどが出現することがあるも、比較的副作用が少ないのが特徴です。
以下の患者さんには投与禁忌とされています。
- 1. 閉塞隅角緑内障の患者(抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状を悪化させることがある)。
- 2. 前立腺肥大による排尿障害のある患者(抗コリン作用により、尿閉を誘発することがある)。
- 3. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
ラピフォートワイプ(保険適応)
シート型ワイプ製剤で、有効成分であるグリコピロニウムトシル酸塩水和物は、汗腺のアセチルコリンの働きを局所でブロックすることで汗を抑える働きがあります。対象年齢は9歳以上です。使用方法は、1日1回、ワイプ1枚(1包)を用いて両わきに1回使い切りでごしごしこすらずに塗布します。ご家族などが誤って触れることがないように注意し、袋に入れてから捨てるなど適切に廃棄する必要があります。使用後は直ちに手を洗い、手についたお薬をきれいに洗い流して下さい。塗布する時間は決められていませんが、毎日同じ時間帯に外用することが推奨されています。発売開始1年間は1回の処方上限が2週間分(14枚)でしたが、2023年5月、投薬期間制限が解除され、長期投与が可能となりました。
当院での実績
2023年7月1カ月間、当院でラピフォートワイプを処方した患者18名を集計したところ、初めての処方患者7名、投与2回目以上の患者が11名でした。男女比では、女性15名、男性3名と女性が圧倒的に多くみられ、2回目以上の患者は全て女性でした。年齢別では、10代から40代が17名とほとんどを占め、その他1名は80代の男性でした(図1)。投与2回目以上の患者11名における、以前処方したラピフォートワイプの有効性を調べたところ、著効(ほとんど多汗を自覚されなくなった)が2名、有効(ある程度効果が認めらた)が7名、僅かに効果ありが2名でした(図2)。
主な副作用
主な副作用として、羞明(しゅうめい;まぶしく感じること)、散瞳、眼のかすみ、ドライアイ、排尿困難、頻尿、口の渇き、接触皮膚炎、湿疹などが報告されています。
以下の患者さんには投与禁忌とされています。
- 1. 閉塞隅角緑内障の患者(抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状を悪化させることがある)。
- 2. 前立腺肥大による排尿障害のある患者(抗コリン作用により排尿時の膀胱収縮が抑制され、症状が悪化するおそれがある)。
- 3. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
アポハイドローション(保険適応)
日本で初めて健康保険の適用が認められた、原発性手掌多汗症に対する外用薬で、2023年6月発売開始となりました。有効成分であるオキシブチニン塩酸塩は、汗腺のアセチルコリンの働きを局所でブロックすることで汗を抑える働きがあります。
【対象年齢】12歳以上の小児および成人が対象となります。
使用方法:就寝前に1回塗布
①薬剤塗布前に、手掌の水分をよく拭き取ります。
②両手1回5プッシュを目安に、薬剤を手のひらに噴霧し、左右の手のひら均等に塗り広げます。
③薬剤を塗ったまま就寝し、起床後、流水でよく洗います。
発売開始1年間は1回の処方本数は2本までとなります。
副作用について
高い有効性が報告されていますが、下記のような重大な副作用があらわれることがあります。
1. 血小板減少
2. 麻痺性イレウス
著しい便秘、腹部膨満等があらわれた場合には使用を中止し、適切な処置を受ける必要があります。
3. 尿閉
その他の副作用として、適用部位皮膚炎、適用部位そう痒感、適用部位湿疹、皮脂欠乏症、口の渇きなどがあります。
以下の患者さんには投与禁忌とされています。
- 1. 閉塞隅角緑内障の患者(抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状を悪化させることがある)。
- 2. 下部尿路閉塞疾患による排尿障害(前立腺肥大による排尿障害等)のある患者(抗コリン作用により排尿時の膀胱収縮が抑制され、症状が悪化するおそれがある)。
- 3. 重篤な心疾患のある患者(抗コリン作用により頻脈、心悸亢進を起こし心臓の仕事量が増加するおそれがある)。
- 4. 腸閉塞又は麻痺性イレウスのある患者(抗コリン作用により胃腸の平滑筋の収縮及び運動が抑制され、症状が悪化するおそれがある)。
- 5. 重症筋無力症の患者(抗コリン作用により筋緊張の低下がみられ症状が悪化するおそれがある)。
- 6. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者